新年明けましておめでとうございます

旧年中は格別のお引き立てを賜りまして、心より感謝しております。皆様にとりまして最良の年となりますよう心からお祈り申し上げます。

これからもヘルシーハットでは、アレルギーにお悩みの方でもおいしく安心して食べられる食品を提供するため力を注いでまいります。新年の店舗営業は1月5日(日)から、通信販売の発送は1月6日(月)より開始します。

本年も変わらぬご愛顧を賜りますようお願い申し上げます 。

年末年始の営業のご案内

年末年始の店舗の営業については、2013年1月30日(月)から翌1月4日(土)までお休みとさせていただきます。
新年の店舗営業は1月5日(日)から、通信販売の発送は1月6日(月)より開始します。

お休み中は何かとご迷惑をおかけしますが、ご了承のほどお願いたします。

放射能測定器を購入しました

ヘルシーハットは商品の放射能検査を実施しています
2011年の福島第一原発の事故が起きてから、食品への不安が広がっています。とりわけ、これまで安全なものを生産していた生産者は特にその影響を強く受け、風評被害に苦しんでいます。アレルギー対応食品や自然食品を扱う当社も同様で、特に全国の方を対象としている通信販売ではその影響が顕著です。

Sokuteikiそこで当店では、放射能測定器を導入いたしました。
一つには、扱う商品-とりわけ無農薬で作っているお米や野菜などの農産物、宮城県産のササニシキで作った米粉製品など自社オリジナルの製品-を中心に、その安全性を迅速にきちんと確認できるようにすること。
さらに、風評被害に苦しむ生産者の作物を、安全性を確認してこれまで同様に購入してもらえるようにすること。
そして、そうした商品を皆様に安心して食べてもらうことです。

そうした思いから、「ヘルシーハットみんなをつなぐ測定室」と名付けました。

自社で製造している食品についても、お店で販売している他社製品についても、きちんと検査を行い、放射能の心配がなく安心して食べられる食品を皆様の食卓へお届けしたいと考えています。また食品の安全を確認することが、東北の食品生産者を守ることにもつながります。どうぞ今後ともヘルシーハットをよろしくお願いいたします。

ヘルシーハットの放射能測定器で、皆様の食品の検査をうけたまわります。
さらに当店の放射能測定器を使って、皆様の食品の検査を受け付けています。
市民、生産者、事業者の皆様のなかで、食品の放射能検査をしたいと希望される方は、ヘルシーハットへお申し込みください。当店で検査をおこない結果をご報告します。

詳しい情報は、こちらをご覧ください。
ヘルシーハットホームページ「ヘルシーハットみんなをつなぐ測定室」

「ヘルシーハット」ホームページのセキュリティ対策について

「ヘルシーハット」の通信販売をご利用のお客様から「グーグルクロムなどのブラウザで、通信セキュリティの警告表示が出る」とのお問い合わせがございました。
原因を調べましたところ、下記の通りでした。

当サイトの通信販売ページでは、お客様の大切な個人情報を守るため、SSL暗号通信を使っています。しかしページのなかにはtwitterやフェイスブックの「いいねボタン」や営業日カレンダーなど、暗号通信ではないものも掲載していました。

そのためブラウザによっては“暗号通信ではないものが混じっていますよ”という意味の警告表示が出されたものです。

確認しましたところ、個人情報をやりとりする部分では暗号通信はきちんと作動しており、情報が漏れていたということではありませんのでどうぞご安心ください。

さらに今後、このような警告表示でご心配をかけないよう、次のような対策を行いました。
(1)通信販売のページ(SSL暗号通信を行うページ)では「いいねボタン」などを掲載しません。
(2)通信販売ではないトップページや店舗紹介などのページでは、「いいねボタン」などを掲載します。

これからも「ヘルシーハット」では、安心してお買い物していただけるようセキュリティ向上に力を注いでまいりますので、お気づきになりました点がありましたら御連絡をお願いします。

ヘルシーハットホームページ

3月29日 塩竃・多賀城

★3月29日
(秋になってから過去を振り返って書いています おそくなってゴメンナサイ)

今日は多賀城、塩竃方面へ何件かお届け。

Resize0527 高速道路は段差解消の応急工事が進められています。

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Resize0554 ヘドロをかきだしは相当の重労働です。

Resize0555 交通量は相当多く、ときどきこんな渋滞が。

途中立ち寄った塩竃魚市場。津波被害で建物だけになっていました。誰もいません。
ただ広大な市場の敷地内でも、津波がかなりかぶった地域とそうではない地域とがありました。液状化で1m以上の段差ができているところや、道路に大きな亀裂ができているところも。

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3月28日 石巻

3月28日


(秋になってから過去を振り返って書いています おそくなってゴメンナサイ)

今日は石巻市役所へ物資補給。午後にヘルシーハットを出発です。

国道も高速も交通量も多くなってきました。

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石巻市役所では、 ちょうど物資を取りに来ていた方もいました。

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そして、こちらは沿岸で津波にあい、内陸の実家に避難しているNさん。
今日は市役所でお会いすることになっていました。

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写真では分かりづらいかもしれませんが、お母さんは3ヶ月の赤ちゃんを抱いています。
男の子4兄弟で、今日は写真に写っている2番目のお兄ちゃんの卒園式だったそうです。
Nさんは、震災後確か19日くらいに次のようなメールをもらっていました。

今日から やっと電気開通しました   津波から逃げて 家族  無事です。
家流され  実家にいます
私は食材も豊富にあり  電気も通じ  幸せです

実はこの裏には、もう助からないと思ったご主人(漁業従事者で地震後船を沖に出していた)と再会できた直後のことで、それで「幸せ」となんとのかもしれません。
ご実家が内陸の農家だったこともあり、米や野菜はあったので当面の食についてはなんとかなったということです。

市役所を後にし、20日に再会したTさんのところへ。
今日は朝日新聞の記者さんが同行していて、Tさんをにも取材のお願いをしていました。

途中石巻市街はこんな様子。

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このセブンイレブン。もう営業をしていた。仙台でも品薄の中、驚き!
そして後で知るのだが、実は会員さんの経営するお店だったのです。もっと驚き!

Tさん宅につきました。高台にあるこの団地。すぐ下は、津波で壊滅的被害を被った場所です。

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おかずになるものが不足していると聞いていたので、お総菜を持っていきました。
唐揚げやアメリカンドッグがあるのが分かるかな?
それから、プリンやケーキも!(もちろんアレルギー対応ですよ)
ヘルシーハットから使っていない電子レンジ、も持っていきました。
3才の末っ子は、お風呂に入れないこともありアトピーが悪化して、痒くて痒くてぐずっていました。早くお風呂に毎日入れるようになるといいね。

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お父さんお母さんには、少し時間を頂戴して取材を。
ここには移っていませんがおばあちゃんもいて、津波にのまれた家の2階でおばあちゃん、お母さん、2番目、3番目のお子さんと取り残され、3日目によやく自衛隊のヘリで助けられたそうです。ヘリから降ろされた日赤で、偶然ご主人とお姉ちゃんと再会。
そこから小学校での避難所生活がはじまります。ここで書くには書ききれない壮絶な体験ですが、朝日新聞に記事になりましたのでそちらもご覧下さい。
横で聞いていると、重なる奇跡とあまりの体験に感嘆と涙なしではいられませんでした。

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手作りのカレンダーがありました。

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本日はここまで。夕闇の中、帰路につきました。

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3月24日 気仙沼/陸前高田へ (2)

★3月24
(秋になってから過去を振り返って書いています おそくなってゴメンナサイ)

Yさんと一旦別れ、唐桑バイパスを通って陸前高田へ。

津波被害の甚大だった鹿折地区を通り、真っ暗なトンネルを抜けて北上します。

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本当に風光明媚なところです。でも少し目線を下に向けると・・・
今まで見てきた中でも、一番被害の深刻なところでした。
車を走らせてもただただ涙が出て来るばかりです。

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アポ無しなので、まず災害対策本部のある高台の給食センターへ。

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給食センターの所長さんとお話ができ、一端はこちらに物資を預かってもらうことになりましたが・・
この後、避難所になっている第一中学校へ行ったところ保健師さんがここに持ってきてということで、もう一度ピストン輸送することに。
ただ、この所長さん。給食センターでアレルギー対応をしていた児童生徒数を約20人いたと把握されていました。陸前高田は、アレルギー対応がなかなか進んでいるところです。けれど当該の子ども達がどこにいるかも当然分からない・・栄養士さんも含め市の職員にも相当数の犠牲者が出ているとのことで、

さて第一中学校では、担当の保健師さんと詳しいお話ができ、この後行われる会議でアレルギー患者への支援についてもきちんと話をしてもらえることになりました。

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もう仮設住宅の建設が始まっていました。一番早いそうです。

帰り道、雪が降る中ラジオから「強い地震がありました。津波に注意して下さい」との放送。
辺り一面、津波にさらわれた地域を走りながらどこに逃げる?とあわてました。幸い津波が来ることはありませんでしたが・・ たびたび襲う余震で被災者も支援者も本当に大変です。

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この陸前高田で、食物アレルギーの支援物資がそういえば他に届いていたなぁ、と言われたので保管されている場所へ行ってみました。大きな段ボールで3箱ほど、側面には「アトピー患者用」と書いてありました。その中味を見てびっくり! 卵も乳も小麦も使用したお菓子や、小麦を使用していますと書いてあるだけで詳しい原材料のないクッキーなど、一般の食べ物がいっぱい。どうやら個人の方からのようなのですが・・ うっかりよく知らない担当者が配って食べてしまうようなことがあったらかなり危険です。 最低でも原材料をきちんと書いてあることは必要ですし、物資を送って下さる場合にもアレルギーは人それぞれですから、一口にアレルギー用と書くことは事故の元です。また受け取る担当者をきちんと確保しておかないと、必要な人に届けることはほぼ不可能です。

3月24日 気仙沼/陸前高田へ (1)

★3月24日

今日は気仙沼へ。気仙沼の会員さんと数日前に連絡がとれ避難先の中学校に行くことになりました。

今日から高速道路も緊急車両以外も通れるようになり、交通量が少し増えています。
一路一関ICを目指し北上。

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一関市内は、ガソリンスタンドに長蛇の列ができている以外は、見た目は普通。
それでもところどころで地震の被害が見受けられます。
一関ICから国道284号を東へ。気仙沼は県内でも仙台から一番遠いところです。ちなみに一関は岩手県。

気仙沼市街に入る手前に目指す新月中学校があります。

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会員Yさんと再開。支援物資をお渡ししました。
その後、気仙沼市役所との交渉のためYさんと一緒に市役所へ。

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保健師さんも栄養士さんも不在のため、危機管理なんとか室の担当者と打ち合わせ。
少し心許なかったので、Yさんがこの支援物資の管理配布をすることを了承いただきました。

この後、陸前高田へ足を延ばすことに。通常であれば車で30分程度のところなのですが・・・

陸前高田の話は次にまわして、陸前高田の帰りにもう一度気仙沼に立ち寄りYさんご家族に会うことができました。

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このご家族も壮絶な体験をされています。その話はおいおい・・

3月23日 佐川急便に荷物を取りに行く

★3月23
(秋になってから過去を振り返って書いています おそくなってゴメンナサイ)

今日は遠出はなし。明日気仙沼に行くことになっています。

朝7時に佐川からメール。
「営業店止めの荷物が届いています」とのこと。
実は20日の日に、営業店止めでの宅配便が再開されたので、いくつかのメーカーに商品の発注をしていました。送り状の番号を聞いていたので、事前にその番号を登録をしておくと、メールが届くという仕組み。
3件分の番号だったので、気軽に7時半くらいには営業所に向けて出発! まだまだ燃料不足もあって車は少ないです。

営業所に着いてみると、そこは荷物の山、山、山・・・

個人宛の荷物は、このように並んで探し出してきてもらいます。

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最初ここに並んだら、ヘルシーハットさんいっぱい来てたなぁ、と顔見知りのドライバーさん。ちょっとここでいやな予感。別の場所に直接車を持ってきてというので移動しました。荷物は、地域ごとに仕分けされ、さらにあいうえお順などに宛先毎に分けて置かれていました。

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ひとつの番号で複数個口とかあるものだから、なんと荷物は30個以上!車に積みきれるかどうかの量で、こんな風になってしまいました。

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注文していた物以外にも、支援物資も。
↓Aカットごはんの越後天風さん(新潟)からは、何と魚沼産コシヒカリがこんなに!

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その他、千野米穀店(北海道)からは「みんなのやさいカレー」をたくさんいただきました。

この後の支援で大活躍です! 本当にありがとうございました。

3月21日 多賀城市役所へ

★3月21日
(秋になってから過去を振り返って書いています おそくなってゴメンナサイ)

実は昨日夜に、アレルギー支援ネットワークの栗木さんが2回目の支援物資を持って仙台にやってきてくれました。夜も遅かったのでその日はヘルシーハットに泊まり、この日の朝支援物資をおろしました。ありがとうございます。

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昼過ぎには、宮城こども病院の三浦先生より連絡があり小児アレルギー学会からこども病院に届いたアレルギー用ミルクを引き取りに。こども病院は内陸にあるので、ヘルシーハットで配ってもらいたいとのことでした。

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(左)仙山線も停車したまま・・
(右)こども病院のエントランスの屋根も地震でこんな状態に

夕方には、多賀城市役所へ。こちらも健康課の方とコンタクトがとれて物資をもって行くことに。

今では(秋)、何事もなかったかのように車が行き交う45号線ですが、まだこんな状態、道端には被災した車が並び、家の軒先には畳や家具がたくさん出されていました。

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さあ、明日は東松島です。 

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